第9章 白竜の泉

二代目社長の息子が事業部長となった新しい部門は、社内の多くの人の支援もあり、順調に立ち上がっていった。

若い後継者を皆で支える。
その空気は会社全体に広がっており、私はその流れの中で仕事をしていた。

しかし、私の中には一つの葛藤があった。

半導体装置メーカーへ提供する「部品」がその部門のテーマだった。
だが、私が動くと話はいつも大きくなってしまう。

装置の一部ではなく、システム全体。
数千万円規模の案件の相談が次々と舞い込んできた。

それは、私がこれまでやってきた本来の仕事だった。

だが社長は言った。

「それはリスクがある。
今のやり方で十分に成果が出ている。
装置の受注はやめてくれ。」

私は悩んだ。

収入は安定していた。
会社での立場も悪くなかった。

しかし技術者としての自分は、もっと大きな仕事に挑戦したいと思っていた。

ちょうどその頃、半導体業界に大きな波が押し寄せた。

半導体不況。

会社は希望退職を募集するほどの厳しい状況になった。

私はその募集に応募した。

社長は怒った。

「なぜ辞めるんだ。」

だが私は決めていた。

幸い、総務の責任者とは親しくしていた。
その人が間に入ってくれて、最終的には円満退社という形になった。

ただし年末の賞与はカットされた。

私はそれまで失業保険をもらったことがなかった。

年収は一千万円ほどだった。
会社都合の退職だったため、失業保険は上限に近い金額が支給された。

月四十万円ほど。

それが一年間、退職後すぐに支給された。

それが、私の次の人生の資金になった。

当時、私は埼玉県飯能市の山あいに家を持っていた。

川が流れ、森に囲まれた場所だった。
少し不便な場所ではあったが、自然は豊かだった。

百坪近い土地があり、庭にはプレハブの事務所を建てた。

そこに机を置いた。

会社を作った。

有限会社FMエコロジー研究所

妻と私の名前を合わせた社名だった。

それがすべての始まりだった。

一年後、会社は株式会社にした。

名前も変えた。

株式会社アクアグリーンシステム

その会社は、驚くほど順調に成長した。

七期連続
増収増益。

銀行は担保もないのに一億円の融資をしてくれた。

海外にも進出した。

シンガポール
マレーシア

現地法人を設立した。

そして、私は一つの大きな夢を描いていた。

エレメンタルライフコミュニティ

自然と共に生きる理想郷。

その構想を実現するため、私は本社を会津へ移した。

会津には五十万坪の土地の権利を持つ計画があった。

さらに五十億円規模のミネラルウォーター工場の計画も動いていた。

まずは第一段階として
五万坪の計画。

その構想図は、今もホームページの人材育成のページに残っている。

だが、今振り返れば分かる。

あの頃の私は、まだ力不足だった。

大型プラント。
海外インフラ案件。

資金も経験も、人脈も足りなかった。

そして運命は大きく動く。

ミネラルウォーター工場のオーナーが事件を起こした。

逮捕。

計画は突然止まった。

私はすでにかなりの投資をしていた。

結果として

日本
シンガポール
マレーシア

三つの会社を同時に整理することになった。

会社は倒産し、破産した。

その頃の会津の土地は、今でも忘れられない場所だ。

そこには豊かな湧き水があった。

温泉の掘削も終わっていた。

森の奥に、幻想的な泉があった。

小さな沼のような水面。
静かな水。

Ở đó

水神様の石碑

が立っていた。

私は何人かの霊能者と呼ばれる人をその場所へ連れて行った。

すると皆、口を揃えて言った。

「ここには白竜の親子がいる。」

私と妻は、会津に滞在している間、毎朝その泉に行った。

そして祈った。

その頃の私は、クリスチャンでありながら、日本の神々の存在にも気づき始めていた。

神社の宮司とも出会った。

その宮司が土地の清めの神事を行ってくれた。

神事の最後。

突然、強い突風が吹いた。

森の木々が一斉に揺れた。

私は思った。

白竜が飛んだのだ。

秋の会津は美しかった。

金色の稲穂が風に揺れる。

山には雲がかかり、時折、龍の形の雲が現れる。

私はそれを見つけるたび、子供のように喜んだ。

休みの日には、妻と温泉へ行った。

会津には良い温泉がたくさんある。

静かな湯に浸かりながら、これからの人生のことを考えた。

白虎隊の墓にも行った。

若い武士たちが命をかけて守ろうとした土地。

その場所に立つと、胸の奥に静かなものが湧いてきた。

人生は、山のようなものだ。

登るときもある。
転げ落ちるときもある。

だが振り返ってみると、すべてが道だったように思える。

会社は失った。

だが、私はまだ歩いていた。

そして私はまだ知らなかった。

この後、さらに大きな縁が世界からやってくることを。

それは韓国から始まる、新しい物語だった。

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