第5章 野尻湖と祈り

青年になった私は、 
人生の道を探しながら日々を過ごしていた。 

教会との出会いをきっかけに、 
人のために生きる道を考えるようになり、 
神父という道も意識していた。 

しかし現実には、 
その道に進むことは簡単ではなかった。 

一度故郷に戻り、 
地元の繊維関係の会社で働きながら、 
これからの人生を模索する日々が続いていた。 

神父になる道は難しいかもしれない。 
それでも、人の役に立つ仕事をしたい。 

そう考え、 
社会福祉の専門学校を目指すことにした。 

その専門学校は上智大学と併設されており、 
新しい人生の道を開くための挑戦でもあった。 

そんな時、教会から一つの誘いを受ける。 

夏休みに行われる 
カトリック・サレジオ会の子どもたちの研修会だった。 

場所は 野尻湖。 

そこには夏の期間だけ開かれる研修施設があり、 
教会の子どもたちが集まり、祈りと学びの時間を過ごす場所だった。 

私はヘルパーとして 
その研修に参加してほしいと頼まれた。 

本当は仕事を辞めてでも行きたいと思った。 
しかし生活もある。 

悩んでいると、 
会社の工場長が声をかけてくれた。 

その人はとても人間的に立派な人だった。 

事情を話すと、 
こう言ってくれた。 

「何とかするから、行ってきなさい。」 

その言葉に背中を押され、 
私は野尻湖へ向かった。 

野尻湖はとても美しい場所だった。 

静かな湖と、 
周囲の山々。 

自然に包まれたその場所は、 
どこか神聖な空気を感じさせた。 

研修の中で、 
妙高山への登山が予定されていた。 

しかし当日は天候が悪く、 
皆での登山は中止になってしまう。 

それでも私は、 
一人で山に登ることにした。 

山道を歩き、 
頂上に立ったとき、 
目の前には大きな自然の景色が広がっていた。 

その時感じた静けさと感動は、 
今でも心に残っている。 

しかしその後、 
人生は思い通りには進まなかった。 

社会福祉の専門学校の試験は 
不合格だった。 

大きな挫折だった。 

人生の道が見えなくなったような 
そんな気持ちにもなった。 

けれど人生は、 
思いがけないところで新しい出会いを用意している。 

やがて私は、 
後に妻となる女性と出会う。 

そして結婚することになる。 

人生は不思議な流れを持っている。 

思い描いた道が閉ざされたとき、 
別の道が開かれることがある。 

野尻湖はその後も、 
私にとって特別な場所になった。 

湖の中には 琵琶島という小さな島があり、 
そこには 宇賀神社が祀られている。 

お稲荷様や弁天様が祀られ、 
神社の入口には 
金龍と銀龍の像が立っている。 

私はその場所を何度も訪れるようになった。 

湖の岸辺で祈ることもあった。 

マリア様にはワインと百合の花を捧げ、 
龍神様には日本酒を捧げる。 

自然の中で祈る時間は、 
とても静かで心が落ち着くものだった。 

ある日、 
風が強く、島へ渡ることができない日があった。 

仕方なく対岸から祈ることにした。 

その日は百合の花が見つからず、 
代わりに美しい 白いバラを捧げた。 

花を湖に流すと、 
それはゆっくりと沖へ流れていった。 

しばらくして帰ろうとしたとき、 
不思議なことが起こった。 

流れていったはずのバラが、 
戻ってきて 
妻の足元にたどり着いたのである。 

まるで 
「持って帰りなさい」 
と言われたように感じた。 

私たちはそのバラを持ち帰った。 

当時、長野市の家の庭には 
小さな川と滝を作り、 
丘の上に天使の像を置いていた。 

私はその像をとても大切にしていた。 

雨の日には傘をさしかけ、 
毎日きれいな水を捧げていた。 

その天使の像の水桶に、 
湖から持ち帰った白いバラを供えた。 

満開だったそのバラは、 
一か月以上 
美しい姿のまま咲き続けた。 

自然の出来事だったのかもしれない。 

しかし私には、 
何か特別な意味があるように感じられた。 

人生の旅の中では、 
ときどき 
説明のつかない出来事が起こる。 

それを奇跡と呼ぶ人もいる。 

私と妻の旅の中でも、 
そのような出来事はいくつもあった。 

それらは 
人生の中で静かに心に残り、 
今でも忘れることができない記憶になっている。 

そしてこの野尻湖での出来事も、 
私の人生の物語の中で 
とても大切な一章となったのである。

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