第4章 青年と信仰

子どものころ、私は体の弱い少年だった。
喘息に苦しみながらも、祖母のぬくもりに支えられて育った。
やがて成長し、青年になるころ、
私の心の中には一つの思いが芽生えていた。
人はなぜ生きるのだろうか。
子どものころから、
命の苦しさや弱さを身近に感じていた私は、
自然とそんな問いを考えるようになっていた。
そしてその頃、
私は教会と出会う。
教会は静かな場所だった。
そこには、
日常の慌ただしさとは違う、
落ち着いた時間が流れていた。
人は祈り、
静かに自分の心と向き合う。
その空気に、
私は不思議な安心感を覚えた。
やがて私は、
神父という道を意識するようになる。
人のために生きる道。
苦しむ人を支える道。
それは当時の私にとって、
とても尊い生き方のように思えた。
しかし現実には、
その道は簡単なものではなかった。
人生は思うようには進まない。
進もうとしていた道が閉ざされることもある。
私もまた、
人生の中で挫折を経験することになる。
けれど今振り返ると、
その経験もすべて、
人生の流れの中にあったのだと思う。
人は時に、
遠回りをする。
けれどその遠回りの中で、
大切なものと出会うことがある。
私の人生もまた、
そのような旅だったのかもしれない。
教会との出会いは、
私にとって人生の大きな転機だった。
それは信仰という言葉だけではなく、
人としてどう生きるかを考えるきっかけでもあった。
人は一人では生きていけない。
誰かに支えられ、
誰かを支えながら生きている。
祖母のぬくもりに守られてきた少年は、
少しずつ外の世界へと歩き出していった。
そしてその旅の中で、
私はさらに不思議な出会いを経験することになる。
それは後に、
人生の中でも忘れることのできない場所となる。
野尻湖。
そこには、
私の人生の物語の中で
特別な意味を持つ出来事が待っていたのである。



