第2章 弱い少年の世界

子供のころの私は、あまり丈夫ではなかった。

胸の奥に、いつも小さな嵐を抱えていた。
それが――喘息だった。

昼間は普通に遊んでいても、
夜になると突然それはやってくる。

胸が締めつけられ、
息が吸えなくなる。

空気があるはずなのに、
肺の中に入ってこない。

夜中になるほど苦しくなり、
息をするたびに胸が鳴る。

その苦しさは、
子供の私には
世界が終わるような恐怖だった。

発作は、いつも夜中にひどくなった。

そして不思議なことに、
明け方三時を過ぎるころになると
少しだけ呼吸が楽になる。

祖母は、何度も
近くの医者の家まで走って行った。

夜中でも往診に来てくれる先生だった。

祖母は私を一人にしないように、
いつも枕元に座ってくれていた。

背中をさすりながら、
静かに息を整えるように声をかけてくれる。

やがて先生が来て、
薬を吸入させてくれる。

すると、
胸の嵐が少しずつ静まり、
私はようやく眠りにつくことができた。

入院したこともある。

死にかけたことも、
一度や二度ではなかった。

そんなとき、祖母は
いつも桃の缶詰を用意してくれていた。

病気のときでも
それだけは食べられたからだ。

缶を開けると、
甘い香りが部屋に広がる。

その味は、
今でも私の中に残っている。

祖母の優しさの味だった。

そして、
小学校五年生のころだった。

その日もまた
ひどい発作に苦しんでいた。

祖母が私に尋ねた。

「何か、欲しいものはあるかい」

祖母の家は決して裕福ではなかった。

だから私は、
何かをねだるようなことは
ほとんどなかった。

けれどそのときだけは、
どうしても欲しいものがあった。

プラモデルのピストルだった。

私は小さな声で
それを祖母に伝えた。

祖母は
黙ってお金を渡してくれた。

昼間になると
発作は少しだけ楽になる。

私はそのお金を握りしめ、
近くの玩具屋まで急いで走った。

店の中には
子供の夢が並んでいた。

私は迷わず
そのピストルのプラモデルを買った。

家に帰ると
布団の上でそれを組み立てた。

小さな部品を一つずつ組み合わせ、
形が出来上がっていく。

それは子供の私にとって
まるで宝物のようだった。

完成すると、
私は布団の上で
そのピストルを手にして遊んだ。

胸が高鳴った。

楽しくて、
嬉しくて、
興奮していた。

そして――

不思議なことが起きた。

その日を境に
喘息の発作が起きなくなった。

理由は分からない。

体力がついたからかもしれない。
成長したからかもしれない。

あるいは――

祖母の愛が
その病を静めたのかもしれない。

それから長い間、
私は喘息のことを忘れて生きていた。

しかし人生とは不思議なもので、
三年前、再び発作が起きるようになった。

体力の衰えかもしれない。

だが今は医学が進んでいる。

専門医の処方と、
毎日のステロイド吸入によって
発作は抑えられている。

それでも私は知っている。

喘息は、
時に命に直結する病だ。

痰が詰まり
呼吸ができなくなると

それは
すぐに死へとつながる。

だから私は、
毎日の呼吸を
静かに大切にしている。

息ができるということは
当たり前ではない。

それは

命そのものだからだ。

そして振り返ると、
私は思う。

あの弱い少年が、
今も私の中にいる。

祖母に守られながら
必死に息をしていた少年が。

その少年がいたからこそ、
今の私があるのだと。

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